自分勝手診断法‐ワガママは何処まで許される?

心を楽にする考え方
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人への診断ではなく、自分に対するものです。

この自問自答で、自分がやっている・やろうとしていることが単なるワガママなのか単なる自分の意見なのかを診断できます。

この記事によって知っていただきたいのは、ワガママでは?と思い我慢することは、自己中心的になる場合もあるということです。

その理由も含めて、ワガママは何処まで許されるのか診断できる自分への質問について書いていきます。

自分勝手・我が儘なのかを診断する自問自答

この自問自答が必要な人

自分の意見をあまり言ってはいけない、自分さえ我慢すれば丸く収まるんだという信条で生きている人がいます。

とにかく我慢するのが癖になっていて、何処まで自分の気持ちを言えば良いのか分からなくなるようです。

少しは自分の気持ちを大切にしないと、心はすでに悲鳴をあげています。(共感覚の私の耳にはリアルで悲鳴が聞こえます)

「何処まで自分の意見を言えば良いのか分からない」
「我が儘かどうか悩むくらいなら黙っていたほうが楽だ」

と、そう思うようです。

自分勝手・我が儘なのかを診断する自問自答

そんな状態の人にお勧めなのが、以下の質問です。

「ワガママなのかどうか悩む具体例は何か?」

です。例えばこんな感じです。

「友達と出かけた時、予定にはない店に寄りたくなったけれど主張して良いのか」
「遊んでいる時に、つまらないので帰りたくなったけれど言ってもいいかどうか」
「誘われた店が苦手なので、断っても良いか」

悩んでいる内容はどうでもよくて、以下の質問へどう答えるかがポイントです。

「同じ質問を他の人にされた時、自分はどう答えるだろうか?」

例えば、

友達や同僚に、「友達に一緒に行こうと誘われたお店が苦手なんだけれど、断ったら悪いかな?」

と、質問された場面を想像してください。

自分の場合ならどうしようか悩む場面でも、人の場合なら

「嫌々行くよりも断った方がいいんじゃない?」と思うかもしれません。別の店を提案してみればというアイデアも出てくるかもしれません。

自分ではない第三者からさらに別の第三者への言動なので、落ち着いて考えられます。

この質問で分かる3つのこと

1.自分のワガママは何処まで許されるのか

自分なら「我慢すればいい」と思うことでも、人のことになれば「無理をしないほうがいい」と思うかもしれません。

自己犠牲をする癖がある人は、そう考えがちです。

一旦他の人に置き換えて考えれば、自己犠牲で我慢している状態も見えてきます。

ワガママかな?と不安になる言動でも、人の起点で見たので安心できます。

ワガママな意見かどうかは価値観の違いもあります。自分勝手ではないと確認して伝えたことでも価値観によっては受け入れられないかもしれません。その時は「やっぱりワガママだったんだ」と思わずに、考え方の違い、気が合わないだけ、という線で考えてください。

2.人のワガママを許容しすぎていないかどうか

いくつかの自問自答を繰り返していれば

「いや、それはワガママだろう」
「さすがにそれは自分勝手なのでは?」

と思う質問も出てくるかもしれません。

ですが、自分がそれをされた時はついつい我慢しているかもしれません。

例えば約束を破られたとか、予定を邪魔されたなどです。

相手にも事情があって、言い訳と共に謝られれば「許さないといけないのかな?」と悩みます。

これも、他の人から相談される場面を思い浮かべれば客観視できます。

「〇〇という理由で急に約束をキャンセルされたけれど、それって許せる?」

みたいな感じです。

それなら仕方がないかも、と思うかもしれません。それはひどい話だと、許さなくてもいいと思うかもしれません。

その時の回答が、自己犠牲ではないあなたの心の答えです。

3.ワガママを言わないのは自己中心的という事実

自己中になりたくないから、自分勝手にならないようにしているのにどうして?と思われるかもしれません。

キツイことを書きます。

答えは簡単で、自分のことしか考えていないから、自己中心的になっています。

もう少し分かりやすく書きます。

自分起点でモノを考えているから、人に置き換えて初めて客観視出来ます。

実際にはそこまで遠慮・我慢をしない方がよいものかもしれません。

「自分の不幸が人の幸せにかわる」という、ゼロサム思考に囚われているかもしれません。

人の我慢でしか成り立たない幸せは、在るべきものでしょうか?

あなた1人が我慢しただけで、人を幸せに出来ていると信じているのでしょうか?

その言動は思いやりがあるようで、人を不幸に導く類のオペラント条件付けかもしれません。

自己犠牲は、自分を苦しめるだけでなく人も苦しめることがあります。

なので自己中心的です。

我慢する理由

上にキツイことを書きましたが、もちろん悪気なく我慢していることは知っています。

悪気ないどころか、人のためになると思っての我慢です。

我慢をすることで問題が解決できると思っている、解決した経験があるから、我慢し続けるのが理由です。

短期的に見れば上手くいくかもしれませんが、無理が重なれば破綻します。

心には白・黒・グレーの3つの部分があります。

超自我・エス・自我です。

理想や道徳に関わる白い心は「超自我」と呼ばれます。

3つのバランスが崩れれば、心のバランスが崩れます。

超自我を重視することを周囲に求められ、そのような教育もされています。ですがバランスを崩しては意味がありません。

上の記事を読んでいただいて、超自我の増やし過ぎに注意してください。

我慢をする弊害

まず、自分が嫌いになります。

自分に無理をさせ続ける相手を好きにはなれません。自分嫌いは、アレルゲンと24時間一緒に居るのと同じで、心が苦しい状態です。

極端に言えば、自分で自分を虐待しているのと同じです。

心を抑圧し過ぎた結果、人を妬む気持ちにつながります。

「自分より人を優先しましょう」という白い心を重視した結果、黒い心が抑えつけられて、無意識の中でドロドロとうずまいている状態です。

自由にしたいのに出来ない、なのにあの人は好きなようにしている、許せないと思い

「人としてどうかと思う」
「あんなワガママは許されるべきではない」

と、一般論に置き換えて心の中で毒を吐きます。

妬みの気持ちは、持っている本人が辛いものです。勝手に我慢して勝手に人を妬むのはどう考えても苦しい状態です。

まとめ

好きで我慢しているのではないと思う人は、下の記事を読んでください。

人は「自分にとって楽」な生き方しかできません。

立派な行いをしていても、立派でいるのが楽だからそうしています。

その「楽」を勘違いすると、楽な道を選んでいるのに生きづらい結果になります。

自己犠牲がその代表例です。

ワガママで自分勝手になるのを避けたいなら、無理な我慢を避けることを気を付けてみてください。

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