こんにちは。くまの(Kumano@deguneko)です。
正しいことは良いこととされています。
実際、犯罪などの悪いことが蔓延している状態よりも、すくなくとも安全なのは確かです。
一方、正しさの基準は人によっても変わり、どちらが正しいかを決めるための争いが起こるという事実があります。
「正しさは武器だ」と言うのなら、正しいことは悪いことなのでしょうか?
今回の記事では、私が思う正しさの扱い方について書いていきます。
「正しさは武器だ」とは?
「正しさは武器だ」とは、アニメ文豪ストレイドックス 7話で、太宰治が同僚の国木田独歩に対し言ったセリフです。
武装探偵社に所属している2人はある事件を解決するために動いていました。
ですが結果、国木田が気にかけ世話をしていた男の子の死。この事件の黒幕的存在の女性(佐々木さん)は、昔国木田が関与していた事件に関わりがある人物で、過去に決着をつけるためにこの人も死にました。
この悲しい結末に太宰は「この結果しかありえなかったんだ」と言います。
国木田は太宰の胸倉をつかみ「これが正しい結果だとでも言うのか!?」と叫びます。
それに対する太宰の回答が
「正しさとは武器だ。それは傷つけることは出来ても守り救済することは出来ない」
でした。
文豪ストレイドックスに登場する国木田独歩は、常に理想を掲げ実践する人物です。理想を追求し続けることこそが正しいと信じています。
さらに太宰は続けます。
「佐々木さんを殺したのは結局蒼き王の、そして君の正しさだ。君がその理想を求める限り、いつか蒼き王の炎が君にも宿るだろう。そして周囲ごと焼き尽くす」
それでもこの第7話のタイトルが「理想という病を愛す」なのが良いなと思っています。
以下、このセリフの意味についてアニメの話に限らずの解釈を書いていきます。
正しさとは何か?
正しさとは形容詞「正しい」が、接尾語「さ」により体言化した形。
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ただし・い【正しい】
読み方:ただしいWeblio 辞書 より抜粋
- 形や向きがまっすぐである。
㋐形が曲がったりゆがんだりしていない。「線に沿って—・く並べる」「—・い姿勢を保つ」
㋑血筋などの乱れがない。「由緒—・い家柄」- 道理にかなっている。事実に合っている。正確である。「—・い解答のしかた」「—・い内容」「公選法は—・くは公職選挙法という」「—・いトレーニング方法」
- 道徳・法律・作法などにかなっている。規範や規準に対して乱れたところがない。「行いを—・くする」「礼儀—・い態度」「—・い判決」
正しさが武器になる理由
正しいには、
2.道理にかなっている。事実に合っている。正確であるというような、単純に「正誤」を示すもの(例:正しいフードプロセッサーの使い方)
3.道徳・法律・作法などにかなっていると書かれるように、自分の価値観に基づいた「正義」と呼ばれるものまであるようです。
フードプロセッサーの使い方、なら間違った使い方をすれば機能が使えない上に怪我をするかもしれません。なのではっきりとした「正しさ」があります。
一方正義には個々の考えがあり、人や状況によっても変わります。自分にとっての正義は他の人にとっては間違ったものという場合も普通にあります。
なのにこの2つの正しさを混同し、自分もしくは他者の正義を、単純な正誤で判断すれば問題や争いが発生します。
なぜこのような混乱が起きるかといえば、子ども時代の教育が関係します。
親や指導者が正義としているものに逆らうことは許されません。恥や罪悪感という感情を利用してまで徹底されることもよくあります。
その内クラスメイト側にも正義が発生します。支配されるのは嫌だという反抗心の類です。
先生に隠れて悪いことをする場合、「先生の正義」と「クラスメイトの正義」は対立します。
学校の帰りに買い食いをしないが先生の正義なら、こっそりみんなで買い食いしようが生徒の正義です。
買い食いをすれば先生には怒られます。買い食いをしなければクラスメイトには空気読めと嫌がられます。ましてや買い食いを先生に言いつければ敵とみなされ仲間はずれにされるかもしれません。
先生側は「罪悪感」を使うのに対し、クラスメイト側は罪悪感よりも強い「恥」を使ってきます。なので大抵はクラスメイトの正義が勝利します。
- 先生側が使う「罪悪感」→学校の規則も守れないなんて悪い子だ、親も悲しむなど
- 生徒側が使う「恥」→規則も破れないいくじなし、一緒に遊んであげないなど
ここではあなたの価値観は認められず、どちらの正義を選ぶのかのみ重要視されます。どちらの「正しさ」も、罪悪感や恥などの感情を使い攻撃してきます。
この場合、正しさはあなたを攻撃する武器でしかありません。
武器である正しさを抱えて生きるデメリット
この場合の正しさは罪悪感と恥の裏返しです。
正しさにこだわるのは罪悪感があるからです。
(文豪ストレイドックスの国木田も強い罪悪感を抱えたキャラです)
これは言い換えれば、自分は罪を背負った正しくない人間だ、だから正しくあらねばならないという心の持ち方です。
つまり、自分は正しくないという前提の上で正しく生きようとする姿勢です。
このような正しさが持つデメリットは大きく2つあります。
1つ目は、抑圧した恐怖心が言動に影響を与えることです。
人は嫌な感情を抑圧する傾向にあります。
罪悪感や恥を無意識に抑圧すれば、気付かないうちに外部からの刺激を罪悪感と結びつけます。結果、起こった物事を自分の最悪感というフィルターを通して判断するようになります。
例えばゆっくりと寝た休日に「よく眠れた?」と聞かれれば、昼過ぎまで寝ていたことを咎められたのかと感じます。
他者から自分への言動が、自分を責めているものではないかと常に緊張し、思考の大半が自分や他者への言い訳が占めます。常に自分の選択が正しいかどうかチェックするような感じです。
これでは脳のリソースが「自分が正しいか否か」に多く使われる結果にもなります。
2つ目は、自分が正しくないという確信は成就するということです。
これは心理学で自己成就予言効果と呼ばれるものです。自分の中の思い込みや観念を実現させるように無意識が動きます。
「正しい」と「正しくない」の二元論の中で常に自分は正しくない側にいる、なので正しい側に居たいと願う。
この時の思い込み・観念は「自分は正しくない」です。
なので
- 自分は間違っていると思わされる場面に遭遇する
- 「他者が正しくない」ことで嫌な目に遭う(投影の結果)
という思いをすることになります。
罪悪感を持たないために正しさを求めた結果が上記のデメリットです。
なので、「それ(正しさ)は傷つけることは出来ても守り救済することは出来ない」のです。
まとめ
正しさを自分で自分を裁くために使い、有罪判決を下し牢屋に閉じ込めれば、自由のない生き方になります。
正しさは心の「超自我」が求めるものなので、以下の記事も参考にしてください。