町田樹さんフィギュアスケート&解説の感想

感想と感覚
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過去に町田樹さんのBasil’s Gloryについて感想を書いた記事を加筆修正したものです。

町田 樹(まちだ たつき)は、2000年代から2010年代にかけて活躍した日本のフィギュアスケート選手(男子シングル)、現在はスポーツ科学者。

主な競技実績に2014年ソチオリンピック5位入賞、2014年世界選手権2位、2010年四大陸選手権2位、2013年全日本選手権2位、2013年・2014年GPスケートアメリカ2年連続優勝、2006年全日本ジュニア選手権優勝など。

アマチュア引退後、2018年10月までプロスケーターとして活動。

Wikipedia

町田樹さんの感覚について思う事

共感覚で見えるもの

私にとって町田さんが、他の人と最も違う所は、共感覚で見えるものが、現実と区別が出来ない程にはっきりくっきりしていることです。

この記事で、共感覚の例として町田さんの背中に翼が生えたように見えたという話を書きました。

火の鳥のプログラムを見て「翼が生えている」ならイメージなのかもですが、TVを付けた瞬間翼が生えた背中が見えたわけなので、町田さんの発するものが具現化していたという事だと思います。

私の場合ですが、共感覚で見えるものは現実で見えるよりも基本的に「薄い」ので容易に区別がつきます。ピントを合わせるかどうかで見え方も変わります。

ですが、あの時の翼の見え方は現実と区別がつかないほどの物です。「背中に本物の翼が生えたフィギュアスケート選手はいなかったはず」という知識によって、共感覚で見えている物だと判断出来たくらいです。

と、思っていたら、

僕の裸体に火の鳥の精神を絡みつけて具現化した

というお言葉がありました。そりゃーはっきり見えるというか、有言実行過ぎます。

エデンの東では、演技中に風が吹いてきて、モフモフの感じの枯葉?のようなものが見えると思っていたら

小説の舞台のサリナスに吹く風や、雄大な自然をリンクの上に描きたい

しっかり描かれてましたとも! 風がすごくて町田さんの姿が見えなくなる場面があったくらいに。

ここまでしっかり表現されていたとは、と驚いています。

私の目にずっとそのように見えているわけではなくて、本物と区別できないのは最初に観た日です。

これは、最初に脳が強烈な感覚を受け取ったためにおきているのかと思っています。それに何とか慣れたら通常の共感覚で見える程度に落ち着いているのかと。

「継ぐ者」では、金の雫の糸が手から滴り落ちるのが見えました。これは私の共感覚で見えているのかCGで加工演出をされているものなのか、本当に分からなくてしばらく悩んでいました。

これはエンパスとして受け取る感覚ですが、

「大きなステージで物理的に小さな自分」というものがあります。町田さんのイメージがエンパスである私にもそのまま流れ込んできたものと思われます。

カメラワークもご本人が決められているそうで、そのようなイメージが来るときは、映像もそのような場合が多いです。だからと言って、町田さんが画面に小さく映っているから小さいと感じているわけでなく、表現方法の1つとして伝わってきています。

交響曲第9番でもそれを感じました。曲が始まって2分20秒あたりからです。

送信型の感覚

内から自分自身を表現するのか、受け取ったものと同化して表現しているなのかでいえば、町田さんはエネルギーを発し与えてくれる送信型です。

送信型=エルゴンの傾向があります
受信型=エンパスの傾向があります

町田さんは送信型です。これは断言出来ます。

例えば火の鳥で見えた翼は、受信型が曲やイメージと同化して発したものではなく、火の鳥である町田さんご自身から発せられたものです。

町田さんの演技を観ると、元気をもらえたり前向きな気持ちになる方は多いと思います。それは送信型の町田さんが良い感覚を発してくれているので、それを受取った結果でもあります。

自分のために生きる魂

ストイックに何かを極めたい、自分がどこまで出来るのか挑戦したいといった、自身に関することでエネルギーが湧き上がってくるタイプと思われます。

どこまで演技を究められるか、技術を身に付けられるのかと、ストイックに自分を高める事にやる気を感じるのが「自分のための魂」

いい演技を観てもらって幸せになってもらいたい、期待に答えたいと思い、それでやる気が出て練習を重ね技術を磨いていくのが「人のための魂」

自分のための魂の持ち主が正しく取り組んだ時には、その結果が人のためにもなります。

芸術と知性の共存

町田さんは、知性と感覚の両立、さらに言えば、知性と芸術が相互に助け合い高める事を、知性の方面からアプローチしていると感じています。

町田さんの優勢チャクラは、第3チャクラに思えます。

ここは、もの事の基礎をになう場所です。

他の場所を使って感じたものや考えたことなどを、第3チャクラで最終確認している感じです。基礎に忠実かどうかをそこで見極めておられるのだと思います。

ゆるぎない感覚は、ここからも来ているのだと思っています。

Basil’s Glory

YouTubeの検索で、当時検索表示の一番上にあった

PIW横浜2017 町田樹 Don Quixote Gala 2017:Basil’s Glory

というタイトルのものの感想です。

観た瞬間、すごーい、人間じゃない!(褒めています)と思ってしまいました。

エネルギーの線がが町田さんの後を付いてまわっている。上に下に動きが軽くうねりながら波打っている感じです。

ジャンプがシャンパンの栓が飛び出るようなポンッと来る感じで、観ていて爽快で気持ち良いです。

1:00あたりからは特に、町田さんがリズムに合わせているのではなく、リズムを完全に従えていますね。これが「音を自分の物にする」という事なのかと嬉しくなります。

この映像での2:00から曲が変わる所

その2:10あたりからの数秒間、動きや地面からの立つ角度、足と手と体の軸のリズムを見た瞬間に感情が強く動きました。

あの部分に、町田さんの演技への気持ちやこれまでの人生への歩みが、(私が言葉で表現できる物ではありませんが)それが集約されているように見えました。

それと6:20あたりからの、観客の拍手とともに飛び跳ねるような演技

第九のプログラムの時にも感じていたのですが、町田さんの

「この世の全てという自分自身」と「大きなステージで物理的に小さな自分」

の2つを同時に絶妙に表現されるあの感性、めちゃくちゃ好きだなーと思いました。

(第九の時には、手塚治虫さんのアニメで見た事がある、飛び跳ねて踊るシルエットの人間とかなりイメージが重なりました)

音楽と同時にその時の観客の拍手の音の波を泳いで(もしくは戯れて)いる空間もとても好きです。

町田さんの解説への感想

宇野昌磨選手について

宇野昌磨選手についての解説で

「音楽の内面などを表現しているのではなく、音そのものを表現している」というものがありました。

それまで私は、宇野昌磨選手についてつかみ切れていないというか、すごい選手だけれど良く分からないと感じていました(ファンの方すみません)

これを聞いた時に、それだーー!!って思いました。

音楽をそのような感覚で演奏される方は知っていますが、フィギュアスケートではその発想が持てていませんでした。

これをあっさり言語化出来てしまう所がまた、町田さんのすごさと思います。そのおかげで宇野選手の演技をとても楽しめるようになりました。

友野一希選手について

友野一希選手の「闘志」について、アナウンサーが質問していました。

それに対する町田さんの解説が

「彼はオーディエンスに伝えようとする意志が前に前に出てくる、その意思によって力強さが生まれてくるスケーターですよね」

というものでした。

こんな短い言葉で友野選手の本質を表現されるとか。

この言葉のおかげで、友野選手の演技への考察が進みました。

羽生弦選手について

「町田樹選出、全日本選手権スペシャルアワード2019」で、ExhibitionのSEIMEIに「マチュアプログラム賞(成熟、円熟)」を贈られた時の解説です。

「彼はともすれば、世間が期待をする羽生結弦像を自分がどれだけ満たせたか、あるいは体現できたかというところで最近自分を評価されてるんですけをれど、そうではなく、この時の羽生選手は純粋にSEIMIEを踊るという心でいたような気がしますし、なによりこのSEIMEIというプログラムを楽しんで滑っているんだろうな、というのが、身体からひしひしと伝わってきた」

そして

「羽生選手はジャンプなくとも、しっかり作品世界を体現できるスケーターなのだと思いました」

この解説は、本当に美しいです。

羽生弦選手の全てを表していると言ってもいいのではないのかとさえ感じています。

まず、

世間が期待をする羽生結弦像を自分がどれだけ満たせたか(人のための魂と把握している=第6チャクラ)→

この時の羽生選手は純粋にSEIMIEを踊るという心でいた=(そこからの昇華=第7チャクラ)

への大きな変化を評価されています。

そして、技術で評価されがちな羽生選手について、本当にすごいのは感覚だということまで言及されています。

フィギュアスケート、演技をする選手への敬愛も美しければ、磨かれた感性も綺麗です。

感受性の高さと正確さ

受信型は対象の感覚そのものを受取ります。なので、受け取ったものを正しく把握さえできれば理解できます。

送信型は、アンテナのようなものを対象に飛ばします。中に取り入れるわけではないので、どうしてもフィルター越しの理解になります。

なので感覚の受け止めや理解についてのみを考えると、受信型が有利です。

町田さんは送信型です。

なのにどうしてここまで感受性が高いのかを考えました。

そして見えたのが、受信アンテナを透明になるまで磨ききり、研ぎ澄ましているというものです。これを可能にするためには、自分を厳しく内観しなければいけません。

なぜなら、自分が分からない限り他者のことは分からないからです。

以前「瞑想と睡眠の違いが明確になりました」という発言をされていた事からでも、ご自身の内面と徹底的に向き合われていると推測できます。

なので受信型レベルの正確な受け取りが出来るのですね。

その上で、送信型ならではの強みも感受性に活かされています。

送信型は第2・3チャクラ、受信型は第4・6チャクラを使いやすいという性質を持っています。

町田さんは、第3チャクラで基礎に忠実かどうかの最終チェックをされています。

感情は呑まれがち、感覚は走りがちになるのですが、そのように事実と外れていないかを最後に送信型の感覚で確認されています。

まとめ

「そこに音楽があるかぎり」という曲を最後のプログラムに組み込んでいただいてありがとうございます。

感想と感覚
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