犯罪の被害にあった、事故に巻き込まれたなどの不幸な出来事に対し、なぜか被害者が責められることがあります。
「被害にあった側にも原因がある」というものです。
これは公正世界仮説という認知バイアスです。
今回の記事では、公正世界仮説の心理や、もたらされる偏見について書いていきます。
公正世界仮説とは?
公正世界仮説の考え方
世界は公正に出来ているという考え方です。
良いことをすれば良いことが返ってくる、悪いことをした結果悪いことが起こるという信念に基づいた結果
- 努力(良いこと)は必ず報われる(良い結果)
- 悪いことをすれば罰があたる、むしろ罰があたるべきだ
- 成功しないのは努力が足りないからだ
- 事件の被害にあうのはそれ相応の悪いことをしたからだ
- 事故に遭うのは状況が悪いのではなく本人の不注意だ
- 努力せずに成功するのは許されないことだ
- 不況で失業した人は軽蔑する対象だ
- 暴力・いじめ・病気・貧困はすべて自己責任だ
- 正義は必ず勝つ
このような考え方になります。
被害者にも悪い所があったのではないかと責めるのは、このような思い込みからきています。
思い当たる原因が見つからない場合でも「前世の行いが悪かったから」といって納得しようとする人もいるくらい、根強いバイアスです。
公正世界仮説の原因
何の予測も出来ずに悪いことが起きるのが怖いからです。
悪いことをした結果悪いことが起きるなら、悪いことさえしなければ平和に過ごせるということになります。
良いことをしていれば明るい未来が約束されるので、将来に対する不安も消えます。未来は自分でコントロールできるという安心感が欲しいという心理です。
そのような世界を信じたいがあまりに、悪いことが起きている人に対し
「あの人が悪いからだ」
「あの人の自己責任だ」
と思い込みます。
実際は、はっきりとしたな原因も無しに苦しむ、努力は報われないなど、世界が公正でないと思える出来事に何度も直面します。そのような不安を消し去るために、声高く被害者を責めるという行動にでます。
公正世界仮説に関する実験
メルビン・ラーナーによる電気ショックを使用した実験が有名です。
メルビン・ラーナーの研究は、「犠牲者が受けている苦痛に関して犠牲者を非難する第三者を何度も目撃したこと」によるものです。
72人の女性被験者に、人が電気ショックを受ける様子を何度も見せます。(電気ショックを受けている人はサクラです)そして被験者の心の動きについて観察します。
被験者の心理状態は以下のように変化していきました。
- 最初はただ電気ショックを受けている人を見て動揺する
- その内、電気ショックを受けている人は悪いことをしたからだと思う
- 電気ショックを受けている被害者を蔑(さげず)むようになる
- 電気ショックを受けることで報酬が出ると聞かされた場合は被害者を蔑むことはない
人は理由もなく電気ショックを受けることはない、悪いことをしたから被害にあったのだと思うようになるというのが、実験の結果です。
報酬をもらう人は、電気ショックを受ける理由があるので軽蔑する対象にはなりません。
公正世界仮説にメリットはあるのか?
公正世界仮説といえば、つらい目にあっている人を責めるというのが代表的な例えとして出されます。なので悪いイメージを持たれがちです
ですがこのバイアスにもメリットはあります。
- 良い行いをして、悪い行動を控えようという考えを持つようになる
- 努力は報われると言う確信により、長期的な目標に取り組める
- 正しく生きている限り世界は安全だと言う心の安定(幸福感と満足度につながる)
といった効果です。
公正世界仮説のデメリットは?
生きていれば、公正世界仮説に当てはまらない出来事に何度も出会います。
その時にどうするか、ですが
- 公正世界仮説には限界があることを受け入れる
- 公正な世界が成り立っていないと感じた時、公正になるよう働きかける
- 現実から逃げる
の、3通りの方法があります。
「1.受け入れる」なら良いのですが、2.3はあまり良い状態ではありません。
2.公正になるよう働きかけるですが、例えば苦労なく成功したように見える人について、悪い評価をする、天罰を願い、足を引っ張る言動をします。被害者を実際に非難するのもこれです。
3.現実から逃げるですが、現実を捻じ曲げて解釈します。努力しても上手く行かなかった時にも、これは成功だと思うなどです。
この2,3の反応が公正世界仮説のデメリットです。
世界は不公平なのか?についての考察
「徳とカルマの法則」と「公正世界仮説」の違い
良いことをすれば良いことが、悪いことをすれば悪いことが起きるという点で、この2つは共通しています。
違いは「徳とカルマの法則」に比べ「公正世界仮説」はかなり単純だという部分です。
徳とカルマの法則は発達理論に通じています。良いことを積み重ねることで良いことのレベルが上がっていきます。同じことをしても、レベルによってその意味は変わってきます。
成長が起点になっているので「一見悪いこと」が「必要な良いこと」である場面も多くあります。成長に必要な試練という考えです。(もちろんカルマが多いために起きる悪いこともあります)
公正世界仮説なら、「この人はどんな極悪人なんだ」と評価されるような事態でも、徳とカルマの法則で見れば「成人君主だからこその試練」と思われるようなことがあります。
酷い不幸にみまわれた時、
- 公正世界仮説なら「悪いことが起きたのは悪いことをしたから」(悪い人)
- 徳とカルマの法則なら、「この試練に耐えられる人だからこそ与えられた課題」(優れた人)
と考えられます。
この世は残酷なほどに公平な世界という考え方
この世は「残酷なほど」に公平に出来ています。
公正世界仮説の世界観よりも、よほど現実の方が公平です。
「そこまで公平でなくてもいいじゃないか」
「公平さをもう少し手加減してください」
と言いたくなるくらいの公平さです。
例を出します。
知らずにやった、むしろ良いことと思ってやった「悪いこと」でもカルマが溜まります。
人に喜んでもらおうと自己犠牲をして、いつかこの苦労は報われると信じても、逆にカルマが溜まり悪いことが起きるなどです。
それは、自分をないがしろにしたことが悪行だからです。
知らないのだから仕方がないのでは?と思われるでしょうが、徳を積んでいれば何らかの形で知らされるはずです。必要なことを知らされないのは「資格なし」だからという考え方もあります。
生まれ育った家庭環境が悪く、不条理な目に遭い怒りに囚われても怒りはカルマです。幸せな家庭で育てば持たないような怒りでも、本人のカルマになります。「親の因果が子に報い」は絶対的な法則です。
その代わり、そのハンデを跳ねのけて精神的に成長をすれば、普通の家庭で成長した人よりも徳が貯まります。親のカルマを(一部ですが)解消したからです。
ボロボロになるほどひどい目に遭わされて、恨んで天罰を望んだ時には、望んだ本人さえ審判にかけられ罰の対象になります。
世の中が不公平に見える場合は、1つの人生単位の長期で考えてみれば何かが見えてくるかもしれません。ポイントは、成長できるかどうかを人生の目標として考えることです。
まとめ
- 公正世界仮説とは、良いことは良い結果悪いことは悪い結果に「必ず」つながるという考え方
- 悪いことが起きているのは悪いことをしたからだと軽蔑する心理につながる
- 公正世界仮説が成り立たないと感じた時
- 事実を受け入れる
- 成り立つように行動する
- 事実を否定する
- 徳とカルマの法則との違いは、「成長」「発達」が起点かどうか