人を褒めながら涙を流す声、の話

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こんにちは。くまの(Kumano@Rpgmg)です。

物心ついた時から、音や声に映像が見えます。

見えるものの意味が分からなければ気になるので考察と分析を繰り返してきました。

今回の記事では、声から泣き顔が見える話や、涙を流していた人の話を書いていきます。

声が見えるとは?

言葉に色が見えるなど、1つの感覚(言葉→聴覚)に対し別のもの(見える→聴覚)までもが同時に作用する感覚の事を指します。

哺乳類に共通した感覚であり、人間も幼少時には誰もが持っていた物です。

乳児の頃、五感は未分化な知覚を生み出しています。通常はその後の成長による感覚の発達にともない共感覚は失われていくと言われています。

私は五感を上手く分離させられなかったようで、音が聞こえるだけではなく見えるし触ることも出来ます。

明るく元気な声の中に泣き顔が見える人は多い

本人は隠していたり、気が付かないフリをしていても隠しきれていないものが見えることは多いものです。

勘が鋭いと言われる人や、察する癖のある方なら、何らかの形で感じ取っているはずです。

私の場合は声を聞いた時にそういう映像が見えます。

いつも明るく、過去の嫌なことにもクヨクヨしない、細かいことは気にしない、

このような信条で元気に生きている人の中に、泣いている自分の心を隠している場合は珍しくありません。泣いているというより泣き叫んでいる顔が見えます。

そういう人は、泣いている自分から目を背けるために明るく元気に振る舞っているという面もあります。

顔で笑って心で泣いて…とは違います。

辛いのを我慢して気丈に振る舞うという場合は、つらさや苦しさを自覚しつつ隠しています。自分の苦しさと向き合っているので、心が「泣いて」いても「泣き叫ぶ」まで酷い状態にはなりません。

この場合は自分で自分の辛さを見ないようにしています。なので自覚がありません。というより自覚しないようにしています。

そんな人は

「自分は傷ついているのに!」
「こんなに苦しいのに!」
「どうしていたわってくれないの?」

と、その人自身の無意識が自分の意識に対し叫んでいます。

同じような状況でも

  • 女性→泣き叫ぶ顔が見える
  • 男性→心臓から血を流すようなイメージが見える

のですが、男女の考え方や教育、常識などの違いが表れているのだと考察しています。

ニコニコと人を褒める声に涙が見えた話

コーチングの1日講座に行った時の話です。

コーチングとは、前向きな相談にのるものです。

  • カウンセリング→悩み相談などの、マイナスを0にする
  • コーチング→目標達成や自己成長などの、0をプラスにする

教室で私の隣に座った人が、お洒落で髪色も明るい垢ぬけた感じの女性でした。

他の講座もそうですが、心理学系の授業は隣や近くの席の人とペアやグループを組んで、与えられた課題をやったり習ったことを実践しあうことがよくあります。

なので隣の席のその女性とは何度も話をしました。

落ち着きながらもハキハキと話し、ずっとニコニコしているその女性は、服のアドバイスをする時に心理学の要素を取り入れたいという目的で講座を受けにこられたそうです。

私と話している時もグループ中の他の人と話す時もさりげなくよく褒める、さすが接客業という感じですが、とにかくその声に泣き顔が見えます。

上に書いたような泣き叫ぶのとは違い、表情も崩さずただ涙が流れている顔です。

この泣き顔で気が付いたことは、泣き顔はピエロの涙と同じようなものだということです。人を喜ばせたり笑わせたりするために、笑顔で涙を流しています。(ピエロの涙については諸説あります)

なぜ涙を流しているのか?ですが、つらく悲しい気持ちを強く持っているからです。

つらい思いをした後、乗り越える前に、人の気持ちは大きく3つに分かれます。

  1. 自分だけがつらいのは不公平、他の人も苦しむべき
  2. もうこんなつらい思いは十分だ、他の誰にも味わってほしくない
  3. 思い出したくもないので徹底的に無関心になる

2のような人は優しいと言われます。そんな優しい自分はOKだとも思います。

今からかなりキツいことを書きます。これに気が付かなければ、2のタイプの人は悲しみから逃れられず、罪悪感を利用されもっとつらい目にあうからです。

つらさを乗り越えた後なら優しく望ましい行動なのでしょうが、乗り越える前なら話は変わります。

他の人が自分と同じ苦しみを味わうのを見てしまえば、自分の中でも再現されるのでそれが嫌なのです。

優しいというよりも、

  • 人と自分の区別が出来ていない(人の苦しみ=自分の苦しみ)
  • 人を信用していない(あの人はつらさに耐えられない弱い人という決めつけ)

という理由で人に辛い思いをさせたくないという気持ちになります。

なぜそうなるか?ですが、まず自分を大切に出来ていないからです。

自分を大切にしていれば、自分は自分で人は人、お互い自由だという区切りが持てます。(でもお互い孤立した存在ではない)

人を信用できない人は、まず自分を信用していません。自分で自分を大切にすることで自分との信頼関係を築き、自分を信用出来ます。

自分をまず大事にするのは自分勝手だという価値観もありますが、本当の意味で自分を大切に出来ていれば自己中心にはなりません。

まとめ

人の無意識は、本人に気が付いてもらおうと働きかけます。

夢に見る、気付いて欲しい内容が書かれた本や映画に出会う、問題を発生させて気が付かせるなどです。

講座中、この人の無意識が、私に伝えて欲しいと望んでいるんだろうなと感じていました。オカルト風に言えば、この人の守護霊が私に伝言を頼んできている状態です。

ただ私は本人に頼まれない限り基本的に伝言は言いません。それがルールだと思っているからです。

もちろん例外もあります。その時も例外が起きました。

なので、ただ自分をとにかく労わってほしいということを慎重に伝えました。

そうしたら目に涙をためて「この講座に来て一番良かったのは今の話を聞けたこと」と言ってくれました。

褒め上手な方なので話半分に聞いた方が良い言葉かもしれませんが、その時顔は泣いて心がにっこり笑っていたので、素直に言葉通りに受け取らせてもらいました。

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